「偉大なアーティストが生み出した最高傑作」 Text 中山淳 / NAKAYAMA ATSUSHI

 AJPS報道展「The BEST」ライター会員作品集

日韓共催で行われた2002年ワールドカップ開幕を2週間後に控えた5月15 日、スコットランドのグラスゴウで、世にも美しい芸術作品を見たことがある。今なお脳裏の片隅で鮮明に残っているそれは、紛れもなく一生ものの作品だった。

アーティストの名は、ジネディーヌ・ジダン。丸いサッカーボールひとつでいくつもの作品を生み出した、稀代のフランス人である。

その夜、グラスゴウの中心部に位置するハンプテン?パークで、2001?2002 チャンピオンズリーグ決勝戦が行われていた。そして、1?1で迎えた前半終了間際、その作品は一瞬にして完成する。

左サイドのロベルト?カルロスから入ったクロスボールは、ふわりと高く宙に上がってから、ゆっくりとペナルティーエリア付近に落下。今でも不思議なのだが、なぜかその落下地点に立ってボールに反応していたのはジダンひとりだけで、それ以外、フィールド上の選手はおろか満員の観衆も取材に訪れたジャーナリストたちも、その数秒間だけ時計の針が止まっていたかのように身体がフリーズし、ただただ息を呑むように落下するボールを傍観していた記憶がある。

ボールが地上に落ちる手前で、迷わずジダンは身体を捻りながら左足を振り抜く。ジャストミートしたボールは、糸を引くように水平回転をしながらゴールネット左上に吸い込まれていった。

それは、これまで見た中で、最もアーティスティックなゴールだった。

■サッカー史上5指に数えられるジダンの美しさ

フットボールというスポーツで、「フィールドのアーティスト」と呼ばれるフットボーラーはこれまで何人も存在した。

サッカーの王様ペレにはじまり、ヨハン・クライフ、ジョージ・ベスト、ジーコ、ミシェル・プラティニ、ディエゴ・マラドーナ、ロベルト・バッジョ……。

ここに挙げたのはほんの一部の有名選手たちだが、彼らはいずれも鳥肌が立つような美しいプレーをピッチで見せてくれた、偉大なアーティストだった。

そして、近代フットボールの中でも突出した美しさでフィールドにアートを描いたのが、フランスのジネディーヌ?ジダンだった。

185cmという大柄な体格からは想像もできないような、柔らかい動きとボールタッチ。とりわけ、ボールを止めるという行為において、ジダンの美しさはサッカー史上5本の指に数えられるはずだ。

ご存知の通り、ジダンは2006年ワールドカップ決勝戦を最後に我々の前から姿を消すことになった。あの殺人的とも言えるほど美しいプレーの数々は、もう歴史の一部となってしまったのである。

ジダンが生み出した作品の数々と、ジタンというアーティストを同時代に体感できたこと、そしてその偉大なアーティストが生み出した最高傑作が完成した瞬間を目撃できたことの幸せを、今でも頭の片隅で大切にしている。

(初出:フットボールライフ・ジュニオール)