「正念場だぞ、日本ラグビー」 Text松瀬学

空前のラグビーブームである。大きな声では言えないけれど、“ラグビー特需”でもある。でも、「人間(じんかん)万事塞翁が馬」ともいう。今こそ、浮かれず、騒がず、ラグビー選手も日本ラグビー協会も性根を据えてかかるべきだろう。

■時の人となった五郎丸

先のラグビーワールドカップ(W杯)の活躍で一躍「時の人」となった五郎丸歩(ヤマハ発動機)の人気たるや、すさまじいものがある。五郎丸が出場するトップリーグの試合の前売り券は完売し、テレビのバラエティー番組にも引っ張りダコである。芸能イベントにも出演し、クリスマス直前のディナーショー(なんと1万6千円!)のチケットは予約開始から30分で約400席が売り切れた。

五郎丸はしずかなオトコである。ゴールキックを蹴る時と同様、自身の置かれた状況を客観的に見つめることができる。このラグビー人気をどう思うかと聞けば、29歳のヒーローはこう答えた。

「4年前から、こういう姿になりたいと思って、ずっとやってきました。ほんとうに日本代表が成し遂げた大きさを感じながら、プレーしていきたい。これを一瞬で終わらせるのではなく、2019年W杯日本大会にどうつなげていくのか。まずは自分らがプレーで100%、力を出し続けることでしょうね。選手としては、それしかありません」

模範解答みたいなコトバである。もちろん、「タテマエ」かもしれない。でもスポーツは、少なくともラグビーぐらいは、タテマエを貫ける世界であってほしい。

■ファンが選手に求めるのは南ア戦のようなパフォーマンス

五郎丸やひと握りの日本代表選手は、ラグビーの人気アップのため、そういった広報活動に積極的に協力している。それは重々承知しているけれど、グラウンド上でのプレーの質が落ちてはならない。そのためには、試合は当然として、チーム練習をさぼるようなことがあってはならないのである。

さらに、このラグビー人気を持続させるためには、初めてトップリーグの試合にきた観戦客をリピーターにしないといけない。にわかファンのスタンダードはおそらく、W杯の日本×南アフリカ戦だろう。チームや選手たちは、その試合に近づく努力をしなくてはならない。相当の鍛練と覚悟が求められている。

ファンはしっかり、パフォーマンスを見ているぞ。グラウンド外の行動や言動とて、そうであろう。社会的責任のある人間として襟をたださなくてはならない。

■空席スタンド問題を引き起こしたもの

日本ラグビー協会も正念場である。長らく人気低迷に沈んでいたから、突然のスポットライトにどたばたしてしまう。あの「空席スタンド問題」など、情けない限りである。

トップリーグの試合、前売り券が完売しているから満員と喜んでいたら、スタンドはガラガラだった。チケットを買いたくても買えない人がいるのに、チケットを持っている人がスタジアムにいかない。

これは「リスクマネジメント」の問題である。リスクとは、「目的に対する不確かさの影響」を指す。影響とは、期待されていることから、よい方向および悪い方向に逸脱することである。これをマネジメント、つまり運用・管理しないといけない。

これがズサンだった。空席スタンド問題は、日本ラグビー協会とチームを抱える企業の責任である。チケットが売れることと観客が入ることはイコールではない。協会はチケットが売れればいいだろう、企業側はカネを払えばいいだろう、そう考えていたのではないか。

目的は何なのだ。客にスタジアムに来てもらい、ラグビーを楽しんでもらうことではないのか。リスクを考え、目的の優先順位をきっちり考える。それを判断するのは協会トップ、企業トップである。

「1人でも多くの人にスタジアムにきてもらうこと」が最優先の目的であり、空前のラグビーブームが起きているのに、日本ラグビー協会は昨季までと同じチケットの販売方法をとっていた。ほぼ半数をチーム側に渡し、一般販売はわずか3分の1程度だったというから驚く。

時間の関係で対応できなかったというのであれば、チーム側に販売状況を確認するなりして、追加の前売り券、当日券を用意して、対応すればよかったと思う。いっそのこと、「空席があれば小学生以下タダ」という普及策をとってもよかったかもしれない。

■今こそラクビー界全体がプロ集団となるべき

終わってしまったことはしょうがない。ピンチはチャンスでもある。危機は、組織や仕組みを変えるチャンスなのである。今回の教訓を生かし、リスクマネジメントを構築し、日本ラグビー協会を“プロ集団”に変えるチャンスだろう。

ついでにいえば、こんな時こそ、ラグビーを取り巻くメディアもしっかりしよう。批評眼を忘れるな。現場を忘れるな。プロであれ!


<著者紹介>

松瀬学(まつせ・まなぶ)/ノンフィクションライター

1960年、長崎県生まれ。早稲田大学ではラグビー部に所属。83年、早大卒業後、共同通信社入社。運動部記者としてプロ野球、大相撲、オリンピックなどを担当。02年に退社。人物モノ、五輪モノを得意とする。著書は『汚れた金メダル』(ミズノスポーツライター賞受賞)、『早稲田ラグビー再生プロジェクト』など多数。2015年12月にはラグビーW杯で活躍した日本代表スクラムを書いた『新・スクラム』を発刊。