「逆転でつかんだ金! 念願のメダルは両親の胸で輝いた」 Text 宮崎恵理 / MIYAZAKI ERI

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2014年3月13日(ロシア・ソチ現地)。冬季パラリンピックとしては初めてとなったナイトレースの男子回転で、日本の鈴木猛史が金メダルを獲得した。高校生で初出場した06年のトリノ大会から8年。ワールドカップで何度も優勝経験がありながら、パラリンピックの回転ではメダルはゼロ。その雪辱を果たしたのだ。

3月13日は、鈴木が小学2年で交通事故に遭った、まさにその日である。友人の家に遊びに行く途中ダンプカーに轢かれて両脚大腿部から切断した。福島県猪苗代町出身で、幼い頃からスキーに親しんでいた鈴木は、小学3年でチェアスキーを始める。週末だけでなく、平日に行われる大会へも、父と母が仕事を交代で休んでは、クルマでゲレンデまで連れて行ってくれた。

レースに出場するとすぐに頭角を表し、「スーパーたけし」の愛称で先輩チェアスキーヤーから可愛がられるように。

このころから、「回転で金メダルを取って、両親の首にかけてあげたい」と言い続けてきた。

■逆手テクニックを使えるのは世界でただ一人

鈴木の強みは、健常者のアルペンレーサー同様に、ストックの役割を果たすアウトリガーを大きく振り上げ、逆手で旗門をなぎ倒して最もタイトなライン取りで攻めることにある。この逆手テクニックをスタートからゴールまで使えるのは、世界でも鈴木ただ一人だ。

16時30分に始まった1本目。鈴木は54秒35で2番手につけた。トップはクロアチアのソコロビッチ。1秒61のタイム差である。2本目、鈴木のスタート順は14番。1本目の15位からスタートして、1本目1位のソコロビッチが15番目に滑走する。

鈴木は自分の前を滑った選手に2秒88の大差をつけてフィニッシュした。鈴木のすぐ後にスタートしたソコロビッチは、コース途中で転倒しDNF(途中棄権)。その瞬間、鈴木の金メダルが確定した。

「本当はソロコビッチが完走して、タイム差で勝ちたかった」と語るが、鈴木の会心の滑りが、後から滑るソコロビッチにプレッシャーを与えたのだ。鈴木の完全勝利と言っても過言ではない。

■金メダルは待っていた両親の首に

8年越しに獲得した悲願の金メダル。これまでのパラリンピックと、どこがいちばん大きく違ったのか。

「メンタル面です。2本揃えなくてはいけない回転で、いつも2本目に固くなってしまっていた僕に。日本チームのリーダーである(森井)大輝さんが、“猛史は世界一のスラローマーだ。だから、普段通りに滑れば必ず勝てる!”と、言い聞かせてくれた。今大会でも、僕のスタート前に、コース前半は激しく荒れているが、後半は旗門ぎりぎりのタイトなラインはきれいなままだから、そこを思い切って攻めればいい、という情報を上げてくれました。僕は安心して、いつも通りタイトなラインで滑ってこられたのです」

翌日のメダルセレモニーでは、高々とウデを挙げて“一番”を表現した。表彰式の後、両親が待っていた。鈴木は、父、母の首に金メダルをかけた。

長い夢の実現だった。

(初出:Tarzan648号)