「AJPSアワード2023」受賞者に麻生英雄氏を選出! キットマネジャーとしてサッカーW杯7大会に参加

2023年3月23日

 

日本スポーツプレス協会(AJPS)は3月13日、「AJPSアワード2023」の受賞者にサッカー日本代表で長年、「キットマネジャー」を務めている麻生英雄さん(47=株式会社ボトムアップ)を選出しました。

 

この賞はスポーツ界で選手、その競技を支えながら、日頃は表に出る機会の少ない「Unsung Hero」(縁の下の力持ち)を称える賞です。

 

麻生さんは日本代表のユニホームや練習で使用する用具、代表が遠征、試合に移動する際の荷物の管理、輸送など全てを担当するキットマネジャーとして、W杯に初出場した1998年フランス大会以来、日本代表が出場したW杯全7大会に参加。

加えて98年の初出場から続けてきた試合後のロッカールームの清掃で、日本サッカーへの評価を世界中で高めた功労者でもあり、選考委員会は全会一致で選出を決定いたしました。

 

3月20日、カタールW杯で初めて2大会連続の16強に進出した日本代表が約3カ月ぶりに、2026年W杯北中米大会に向かって活動を始めました。

麻生さんは練習の2時間前に練習場に入って用具の準備を進め、約1時間の練習が終わると、今度は練習場内にあるランドリーで、選手がたった今使用した練習着の洗濯に向かいます。

 

練習終了は18時過ぎでしたが、麻生さんとキットスタッフが洗濯を終えて練習場を後にしたのは20時を回っていました。

麻生さんはW杯という舞台の前に、こうした練習を数えきれないほど積み重ね、日本代表をまさに「縁の下で支えて来たヒーロー」です。

 

 

受賞について、「賞をいただけるのは光栄の一言に尽きます。賞といえば、皆勤賞くらいでしたから」と、照れくさそうに喜びを表し、「代表が出場してこその7大会での参加。代表チーム、日本サッカー協会、チームみんなに感謝したいと思います」とコメント。

 

Jリーグが誕生した3年後の96年に、横浜フリューゲルスでこの仕事を始めた当時、(ポルトガル語で用具係を意味する)ホぺイロってどんな仕事をすればいいのかと、仕事のマニュアルや、ほかのクラブと共通した運営法がなかった役割に戸惑いを感じたそうです。

 

 ホぺイロはその後、「エキップメント」と呼称が代わり、現在の「キットマネジャー」となりましたが、前例がないなか、「一緒に試行錯誤し、新しい仕事を育て、経験を積み重ねた関係者にも感謝します」と、話します。

 

ロッカーの清掃は、FIFA(国際サッカー連盟)が今ではSNS等で称賛するようになり、世界中で話題になっています。しかし実は98年、初出場で未勝利だったフランスW杯でも、麻生さんは「場所(ロッカー)をお借りした以上、きれいにしてお返しするのが日本の文化。特別なことではないと思って来ました」と、ロッカーの清掃をしていたのです。

日本代表の活躍とともに注目されるようにはなりましたが、W杯に限らず、遠征先でも変わらない代表スタッフの流儀でもありました。  

ほうきとチリトリを必ずセットで、仕上げに使う消臭剤と合わせて「三種の神器」と呼んで、必ず持ち歩くと言います。

 

 二十数年前には未知だった仕事が、今や、なくてはない存在として確立され、背中を追いかける若者たちも育っています。未知の分野を自らのアイディアや勤勉さで開拓し、縁の下の力持ちとしてスポーツ界を支え続ける。AJPSはこれからも「Unsung Hero」を称えていきます。

 

 

取材・文/「AJPSアワード2023選考委員会」増島みどり

写真/「AJPSアワード2023選考委員会」北川直樹

AJPSアワード2023選考委員:増島みどり、飯尾篤史、北川直樹、高樹ミナ

 

麻生英雄(あそう・ひでお) プロフィール

1975年8月1日、神奈川県小田原市生まれ。県立足柄高校ではバドミントン選手でサッカー経験もなく、大学浪人中に偶然手にしたアルバイト求人雑誌で、スタッフを一般公募していたJリーグ「横浜フリューゲルス」に採用され、95年1月入社。当初は「インナー(シャツ)取って」と選手に言われても、「インナーって何ですか?」と逆に質問するほどだった。未知の分野だったが他クラブを訪問し、同じ任務の先輩に学ぶなどして、W杯アジア予選が初めてホーム&アウェー方式となった97年の最終予選から現在まで、日本代表の全ての活動において、用具を管理する「キットマネジャー」を務めてきた。07年に、スポーツチームの用具管理や、次代の人材育成を展開する「株式会社BOTTOM UP」を設立し、副社長に就任。