AJPSアワード2025受賞の小澤徹氏インタビュー(株式会社OX スポーツ技術課課長)選手の感覚に寄り添う競技用車いす開発で四半世紀

「AJPSアワード2025」の受賞者は、世界屈指の競技用車いすメーカーの一つである「株式会社OX(オーエックス)」のエンジニア・小澤徹さん(55)です。1998年に入社して以来、一貫して競技用車いすの開発・製造に携わってきました。国内外の選手たちをものづくりの立場からサポートし、パラリンピックでのメダルをはじめとする数多のタイトルに貢献しています。

 

OXの競技用車いすを使用する代表的な選手には、東京2020パラリンピックで金メダル、24年のパリ大会で銀メダルを獲得したパラ陸上競技の佐藤友祈選手、パリパラリンピックの車いすテニスでシングルス、ダブルスの2冠を達成した上地結衣選手がいます。また、同じく車いすテニスの世界的なレジェンドとして今もその名を轟かせる国枝慎吾氏も、競技を始めた時からずっとOXの車いすを愛用してきました。

 

株式会社OXは、もともとオートバイ販売を中心に、2輪レース用カスタムパーツを開発・製造していました。創業者の故・石井重行氏が1984年に試乗中の事故により脊髄を損傷し、車いすユーザーになったことを機に、「自分が乗りたい、かっこいいデザインの車いすを作ろう」をテーマに1989年に、車いす事業部を設立しました。

 

 

小澤さんは、中学時代から自転車に熱中し、自身もロードレースなどに出場していました。自転車のフレームを製造するビルダーを目指し、千葉工業大学に進学しています。1998年長野パラリンピック開催年にOXに転職。パラリンピックの存在とともに、競技用車いすがあること、それをOXが開発・製造していることを知ったことで転職を決めました。

「面接で、競技用車いすのビルダーになりたいと語って、入社したんですよ(笑)」

 

パラリンピックなどに出場するトップアスリートの競技用車いすは、全てが完全オーダーメイドです。選手の体型、体重、障がいの状況や程度、そして何より競技で何を重視するかなどを細かく聞き取り、それを形にしていきます。基本的なフレームの設計はもちろん、座面の高さ、足を固定するステップや背もたれなどの位置、角度など、わずか1ミリ、1度ずれても選手は違和感を覚えてしまいます。

 

サポート選手の場合は、試作品ができると試乗してもらい、微調整を重ねて完成を目指します。完成後もトレーニングなどで体重や体型が変化したり、練習や競技中に破損すれば、すぐに調整や修理が必要になることもたびたび。作って、終わり、ではありません。だからこそ、選手とのコミュニケーションが、競技用車いすの開発・製造の要だと、小澤さんは強調しています。

 

 

「選手たちは限られた時間の中で、例えば成田空港に到着したその足で、千葉県内にある弊社に競技用車いすの調整に来ることもあります」

勢い、作業が深夜に及ぶことも。それでも、小澤さんは、「その結果、選手が活躍してくれたら、それが最大の喜び」と、労をいといません。

 

小澤さんの朝は早く、始業前7時半には自ら工場の鍵を開けています。前日に遅くまで残業しても、そのルーティンが変わることはありません。

「このゆったりした朝時間が、好きなんです」

業務の電話に追いかけられることのない朝時間は、小澤さんにとって一番アイデアが生まれる時間帯なのかもしれません。9時の始業とともに、競技用車いすの開発・製造に携わる5名のスタッフとともに日々の作業が始まります。

 

一方で、小澤さんをはじめ、OXのスタッフはパラリンピックだけでなく、国内外のさまざまな大会会場にも足を運び、選手の車いすの調整や修理にも携わります。

「試合直後は、選手の感じている感覚が、一番新鮮な状態です。その時に聞いた言葉などが、後々、調整や新調の際に生きてきますね」

 

 

東京2020パラリンピックを機に、3Dプリンターによる設計が可能となり、基本となるフレーム形状に大きな改革がもたらされました。コンピュータで設計した形状の試作を繰り返すことができ、より選手の要望にフィットした性能のマシンに仕上げることができるようになったのです。さらに、製造期間を短縮することにもつながった、と小澤さんは語ります。

 

近年、世界ではBMW、コリマなど、自動車や自転車の大手ホイールメーカーが競技用車いすの開発・設計に参入しています。日本でも、トヨタ自動車、ホンダなどが競技用車いすを手掛け、海外の選手にも提供することも。

「資本力では太刀打ちできないかもしれませんが、きめ細かい微調整を短期間で行えるのは、弊社のような小さくて小回りのきく会社ならではのメリットでしょう」

日々、進化する競技用車いすのテクノロジーですが、長年、選手とのコミュニケーションによって積み重ねられてきた経験と哲学が、最後に選手を後押しするのです。

 

 

昨夏、パリで開催されたパラリンピックでは、上地結衣選手がOXのテニス用車いすを使用して、シングルス、ダブルスの2冠を達成しました。大会前、上地選手は海外遠征の合間をぬって、工場を訪れ、最終的な調整を施したのだとか。

 

「ハの字になった車いすのホイールの角度を、わずかに寝かせるように変更しました。この変更によって、回転性は上がるのですが、それだけに回りすぎるなど、コントロールが難しくなります。角度を変更してすぐに千葉県内のテニスコートに持っていって試乗し、それをコーチでもある国枝(慎吾)くんと一緒に見極めて、変更したものをパリパラリンピックに持っていきました」

 

金メダル2個を携えた上地選手は、帰国後すぐに来社し、全社員の笑顔と拍手に迎えられました。

「選手たちがいい結果を報告してくれる瞬間は、なにものにも代えがたい喜びですね」

 

 

四半世紀を超えて、競技用車いすの開発・製造に携わっている小澤さん。

 

「今回のアワード受賞は、弊社の取り組みに対して評価していただいたものと、嬉しく感じております。先代の社長の熱い思いを大切にしながら、今後も障がい者スポーツの発展に寄与していきたいと思っています」

 

 

小澤徹(オザワ・トオル)氏プロフィール

1969年11月、千葉県生まれ。55歳。株式会社OX スポーツ技術課 課長。中学・高校時代には自転車競技に熱中し、数々のレースに出場。当時の将来の夢は、自転車のフレームを作製するビルダーになることだった。千葉工業大学卒業後、工学系の仕事に従事していたが、1998年、長野パラリンピック開催を機に転職。車いすテニス用、車いすバスケットボール用車いすの製作に携わった後、1999年より陸上競技用車いすを担当。過去には、スイスのマルセル・フグ、アメリカのタチアナ・マクファデンら、世界の車いす陸上競技のトップメダリストらの陸上競技用車いすを設計、製作した。OXの競技用車いすがデビューした1993年以降、昨年のパリパラリンピックまでにOX使用選手が獲得したメダル数は、金44、銀57、銅56の合計157個(冬季パラリンピックを含む)。

 

※表彰式は2025年6月17日(火)、都内で開催されます。

 

AJPSアワード選考委員会:増島みどり、北川直樹、木ノ原句望

取材・文/宮崎恵理

写真/北川直樹