美しく儚いものたち

 レスリング選手が輝く場はオリンピックに限られない。長年レスリングを撮影し続け、オリンピックも世界選手権も何度も取材してきた私が、今も一番好きな大会は例年5月に行われる東日本学生レスリングリーグ戦だ。東日本大学生だけで行われる大学対抗団体戦、いわばレスリングの箱根駅伝だ。

 団体戦のため、勝っても負けてもオリンピックや世界選手権の代表選考には全く関わってこない。だからこそ、この大会ではすべてのチームのすべての選手が主役になる。レギュラーに入れなかった選手もここぞとばかりに大声を張り上げ、校歌や自作の応援歌を歌い、仲間を応援する。

 個人戦ではトーナメントを勝ち上がり優勝しなければ喜ぶことはない。でも多くのチームの目標がこの大会で優勝することや順位を1つでも上げること。優勝決定戦も9-10位決定戦もその熱量は変わらない。大声援に呼応し、普段はおとなしい選手が見せたことのないような歓喜の表情を見せ、応援席に向かってこれでもかとガッツポーズをし、チームの士気をあげる。日本代表選考に関係ないからこそ、臆病にならず前に出続け競技の面白さも最大限に発揮され、見応えがある。

 ジャイアントキリングを成し遂げて感情を爆発させる選手、チームの勝利に貢献できなくて大泣きする選手、この大会だけはチームのためにフリースタイルで闘うグレコローマンの選手、すべてのマットで勝利のセレブレーションが同時多発と祭りの様相だ。

 いつもは個人戦のため、それぞれ試合に出る準備や翌日以降の試合のためチームメイトの大声援は受けられない、孤独な戦いだ。観客も多くないため、決勝戦でもシーンとした中で試合をすることもある。ただこの大会の3日間だけは、全チームメイトがチームの代表選手を応援するためだけに会場に集まる。チアリーダーが現れるのもレスリングではこの大会が唯一。ほとんどの選手は大声援を受けながら試合をする機会は一生のうちでこの大会だけだ。

 2025年度東日本学生レスリング連盟に登録がある選手は589名。この中には数年後にオリンピックで金メダルを獲得するであろう選手もいる。しかしながら実業団チームがほとんどないレスリングはほとんどの選手は卒業を機に競技を引退し「普通のサラリーマン」になる。95%の選手がまもなく引退を迎えることになる。モラトリアム真っ只中の大学生たちが青春が燃やしている姿が、これぞスポーツ、だ。

 私はその美しく儚い輝きが誰にも発見されないまま消えてしまわないように、写真に残したいと思う。

 

保高幸子(ほたか さちこ)/フォトグラファー

日本大学芸術学部写真学科卒業。高校時代にレスリングに魅せられ、大学在学中からレスリングを撮り始める。2024年までにオリンピック4大会、世界選手権16大会でレスリングを取材。2015年から現在まで総合格闘技RIZINのオフィシャルフォトグラファーも務める。