Text 瀬長あすか / Asuka Senaga
5年前、東京2020オリンピック・パラリンピックでローイングとカヌーの会場となった海の森水上競技場。世界で活躍するアスリートも練習で使用しているこの競技場は、パラカヌーで3大会連続パラリンピックに出場した瀬立モニカの地元・江東区にある。この地で生まれ育った瀬立に海の森水上競技場の特徴と魅力について聞いた。
――普段はどんな場所で練習していますか?
瀬立 江戸川区と江東区の境を流れる旧中川を拠点に競技活動を行っています。海の森水上競技場は自宅から車で15分くらいで、少なくとも月1回は訪れます。ここでは東京オリンピック・パラリンピックが2021年に開催されましたが、その他の国際大会も開かれるA級のコースに認定されている、世界に通用する会場です。国内大会もカヌーの都大会が開催されています。東京オリンピック・パラリンピックをきっかけに整備された施設がその後、世界進出を目指す日本の選手たちの競技力向上の場として活用されていることは、本当に大きなレガシーだと思っています。

――車いすで移動する選手にとって使いやすいですか?
瀬立 アクセシビリティが整った、日本でも有数の貴重な施設になっていると思います。特にアクセシビリティの良さを感じるのは、トイレの多さ。多目的トイレだけではなく、普通のトイレもちょっと広めだったり。あとは、艇庫から水上に出るまでの高低差が少ないのも魅力です。海外では坂を上ったり下ったりしないと水上に出られない施設もあるので。
――2024年にカヌーやローイング用ボートなどを保管できる艇庫が増設され、練習環境がさらに良くなりましたね。また宿泊もできて、朝起きたらすぐ水上練習ができる距離も魅力だと聞きます。
瀬立 はい、私も朝6時から水上練習をして、終わったらそのまま東京都北区西が丘のナショナルトレーニングセンターに行き、朝ご飯を食べてまた海の森水上競技場に帰って来るという合宿練習を1週間くらい行います。

――瀬立選手の専門は200mの静水で速さを競うスプリントですが、激流でタイムを競うスラロームのコースとして知られるカヌースラロームセンター(東京都江戸川区)にも最近初めて行かれたそうですね。
瀬立 先日、2024年パリオリンピックに出場した矢澤亜季選手に、「風が吹いて波が出たときに、どうしても怖くて縮こまっちゃう」と悩みを打ち明けたら、一緒に練習に行こうと誘ってくれたんです。カヌースラロームセンターでは、「いかに波と仲良くできるかが大事」というアドバイスをもらいました。水が流れているときに、どこにパドルを刺せばいいかとか、水の圧を感じて姿勢を維持するにはどうすればいいかといったテクニックを教えてもらって、実際に波に対する恐怖心がちょっと減りました。
――スポーツ少女だった幼い頃から、都内の施設を活用してきましたね。(注:瀬立選手は高校1年生のとき体育の授業でケガをし、その後遺症で車いす生活を余儀なくされた)
瀬立 江東区のカヌー部の中学生たちは、この海の森水上競技場で大会デビューするんです。今年5月にその大会(都大会)があったんですけど、出場した選手たちの「僕たち、オリンピック会場で漕げるなんて夢みたいです」という言葉がとても印象に残っています。ちなみに私は昨年から、東京辰巳アイスアリーナに装いを変えた東京辰巳国際水泳場や、夢の島にあるBumB 東京スポーツ文化館で汗を流したり、サブトレーニングとして東京アクアティクスセンターで泳ぐこともあります。東京アクアティクスセンターの更衣室の車いす対応シャワー室にはシャワーチェアもあるんですよ。東京オリンピック・パラリンピック以降、こうした施設のおかげで、障がいのある人たちが気軽に運動できる機会が格段に増えたと思います。

――2027年9月には、海の森水上競技場でパラカヌーのワールドカップが開かれますね。地元出身の選手としてどんな気持ちですか?
瀬立 つい先日開催が決まり、とても嬉しい気持ちです。ヨーロッパが強豪のカヌー競技において、オリンピック・パラリンピック以外の国際レベル級の大会が日本で開催されることは、日本カヌー界にとって大きなチャンスになると感じています。カヌー競技の会場といえば、ちょっと田舎にあるイメージですけど、ここ海の森競技場は都心からのアクセスも抜群で、空港からも近い。そういった利便性の高い環境で多くの東京都民の皆さん、周辺地域の皆さんにカヌー競技を見ていただけるチャンスですし、カヌー界を盛り上げられるチャンスだと楽しみにしています。

取材協力:「都立スポーツ施設の今を体験できるメディアツアー」 東京都スポーツ推進本部、東京都スタートアップ戦略推進本部
写真/早草紀子、東京都(海の森競技場 景観)
瀬長あすか(せなが あすか)/編集ライター
1980年、東京都江東区生まれ。大学時代に障がい者サッカーを取材したことがきっかけでパラスポーツの魅力に惹かれ、2004年のアテネパラリンピックから本格的に取材を開始。20年以上にわたり、夏冬のパラリンピックをはじめとするパラスポーツの現場に足を運び、取材・執筆を続けている。パラスポーツ総合サイトの企画・編集も担当。
