東京2025世界陸上レポート(第11回) 9日間の共鳴。そして東京に秋

Text 生島淳 / Jun Ikushima

 良い大会だった。

 なによりスタート時の静寂と、選手が勢いよく飛び出してからの大きな歓声とのコントラストが素晴らしかった。

 緊張と解放。あれこそが、陸上競技だ。

 私のなかでは、2017年のロンドン大会が最高の大会だったと思っている。観客は競技とシンクロし、喜んだり、がっかりしていた。陸上に馴染みのない日本人にあの共鳴は無理だろう……。そう勝手に思っていたのだが、いい意味で期待は裏切られた。

 観客は試合に同期し、感情があふれた。

男子3000m障害物 決勝 三浦龍司(日本)
Nikon Z9,NIKKOR Z 400mm f/2.8 TC VR S, 400mm, 1/1250秒, F2.8, ISO1000

 たとえば、3日目の夜。男子3000m障害で三浦龍司が残り200mを切り、3位に上がった瞬間の歓喜の予感(残念なことに、それは裏切られる。それもまた陸上)。

 それからしばらくして、デュプランティスが6m30に挑む時の緊張。3回目の試技のとき、国立競技場にいた人は、おそらく誰もがデュプランティスが成功すると信じていたはずだ。たしかに、そういう空気が流れたのだ。

 見事なクリア。9月15日の夜、全員が忘れられない瞬間に立ち会ったことに幸せを感じていたはずだ。その夜だけは、JR千駄ヶ谷駅までの混雑する道のりも、みんな笑顔だった。

 そうそう、東京オリンピックに向けて改装した千駄ヶ谷駅も、やっとその役目を果たした。混雑はしていたけれど、終了後のオペレーションは手慣れたものだった。できれば、ロンドン大会の”Javerin”(「やり投げ」と名付けられた特急列車)のように、帰りは無料、臨時ダイヤで運行してくれたら、最高だったけれど。

 最終日は、激しい雨が降った。男子円盤投げ、女子走り高跳びは中断して、その間に男女のマイルリレー、400mリレーが行われた。パフォーマンスする人間が雨に濡れると、なぜか見ている方は盛り上がる。コンサートと一緒だ。雨にもマケズ……男子のマイルリレーは素晴らしいレースとなり、男子の「4継」も日本が決勝に残ったことで大いに盛り上がった。

 東京での9日間、3日目くらいまではTシャツで過ごせていたのに、最終日には雨の影響か、上に羽織るものが必要になった。選りすぐりのアスリートが1番を競っている間に、ようやく東京に秋の気配が訪れた。

 陸上競技は面白い。でも、前に日本で世界陸上が行われたのは2007年の大阪で、18年ぶりの日本開催だった。単純に考えて、次に日本で開かれるのは2043年……。取材はもう無理だろうが、スタンドで見られたら幸せだろう。そのとき日本はどうなっているだろう。

 次に開かれる日本の大会では、日本から金メダリストが誕生するかもしれない。きっと、その人はすでにこの世に生を受け、どこかで走ったり、跳んだり、投げたりしているはずだ。

大雨の国立競技場
Nikon Z9, NIKKOR Z 14-30mm f/4 S, 14mm, 1/1250秒, F4, ISO1600

撮影:松尾憲二郎

トップ画像:男子4×100mリレー 決勝 鵜澤飛羽/桐生 祥秀(日本)Nikon Z9,NIKKOR Z 400mm f/2.8 TC VR S, 560mm, 1/2000秒, F4, ISO250

 

生島淳(いくしま じゅん)/スポーツライター

1967年宮城県生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後、博報堂勤務を経て、スポーツライターへ。国内外を問わない取材、執筆活動のほか、ラジオパーソナリティとしても活躍。著書に『駅伝がマラソンをダメにした』(光文社新書)、『箱根駅伝』『箱根駅伝 新ブランド校の時代』(幻冬舎新書)、『ラグビー日本代表ヘッドコーチ エディー・ジョーンズとの対話』(文芸春秋)、『箱根駅伝 ナイン・ストリーズ』(文春文庫)など多数ある。