「勝っても負けても涙の日本女子卓球。 石川佳純と平野美宇が通った修羅の道。」

Text  高樹ミナ / Mina Takagi

 この1年、彼女たちの涙を何度見てきただろう。

 負ければ涙、勝っても涙――五輪代表争いが激化した2019年を振り返ると、代表選考に絡んだ選手たちのやるせない光景ばかりが浮かんでくる。

 選考シーズンの土壇場までシングルスの代表枠を争った石川佳純(全農)と平野美宇(日本生命)もそうだった。群雄割拠の卓球日本女子でし烈を極めた2020年東京五輪の代表選考レース。その重圧は2012年ロンドン、2016年リオデジャネイロと2度の五輪代表選考を勝ち抜いた石川でさえ、「今までで一番苦しくて、きつかった」と吐露するほどで、苦しい局面は数え切れないほどだという。

 先週、中国河南省の省都・鄭州市で開かれた「ワールドツアー・グランドファイナル」(12月12〜15日)もそのひとつだった。平野との激しいデッドヒートの末、3度目の五輪代表権を確実にした石川は、「やっと日本の選手同士で戦わなくて済む」と喜びと安堵の入り混じった涙を浮かべた。

 一方、シングルスの代表争いに敗れた平野は、「これが精一杯でした。結果を受け止めなければならない」と試合直後のミックスゾーンで無念の涙に濡れた。それはあまりにも痛々しく、日本でもテレビカメラの前で号泣する彼女の姿に胸を痛めた方は多かったことだろう。

 

選手を過酷な競争に駆り立てる代表選考基準。

 

 あまりにも残酷ではないか――。

 そんな声も聞かれた今回の代表争いは今年11月、2枠あるシングルス代表枠の1枠を伊藤美誠(スターツ)が確実にしたことで、残りの1枠を石川と平野で争うこととなった。

 2020年東京五輪の卓球日本代表枠は男女ともシングルス(個人戦)が2枠、3人1チームで戦う団体戦は3枠ある。

 シングルス代表には2020年1月時点で世界ランキングの日本人上位2人が選出され、その2人は団体戦にも起用される。

 団体戦要員の3人目はダブルスのペアリングを考慮した上で日本卓球協会の強化本部が推薦。世界ランキングを参考にすることは明確に謳われておらず玉虫色だ。

 

ポイント獲得競争で毎週転戦する状況に。

 

 シングルスの2枠に入らなければ五輪代表入りは確約されない。そこから漏れて3番目になってしまえば、4番目以降の選手が団体戦要員に選ばれる可能性も出てくることとなり、3番手と言えども代表内定者が発表される2020年1月6日まで気を揉みながら当落を待つ身となる。

 この危機感が……選手たちをランキングポイントの獲得競争に駆り立て、毎週のように開かれる国際大会を休む間もなく転戦させることとなった。

 

チャンスを逃した平野、土壇場で逆転した石川。

 

 伊藤が抜けた後の代表選考レースは、世界ランキングでは常に石川が平野を上回っていたが、代表選考基準にある2020年1月時点でのランキングポイント計算では、これまでの累計得点として11月まで平野がリードしている状態だった。ただ、それもわずか65ポイントで、代表選考レースは僅差のままクライマックスの12月を迎えていた。

 ポイント獲得が望める大会も残り2大会。石川と平野はまず「ノースアメリカンオープン」(4〜8日/カナダ・マーカム)にエントリーし、世界のトップランカーが出場していない、ワールドツアーの格下大会での優勝を狙った。

 その結果、決勝で2人の直接対決が実現し、そこで勝った石川がランキングポイントで平野を逆転。135ポイントのリードを築くことに成功した。

 勝った瞬間、石川はタオルで顔を覆い泣きに泣いた。

「私も美宇ちゃんも精神的に苦しい状態で決勝であたって、本当に自分との戦いでした」と石川。この時の涙は勝った喜びよりも、それまでの重圧から解き放たれ、溜め込んでいたいろいろな思いが一気に堰を切ってあふれ出した、そんな涙だった。

 

石川が明かす心境と平野が漏らした本音。

 

 翌週に「グランドファイナル」を控えていたこの時点では、平野にもまだ逆転のチャンスはあった。

 しかし、「グランドファイナル」はワールドツアーの年間成績上位選手16人が出場するハイレベルな大会で、強敵の中国人選手が10人もおり、ワールドツアーランキング(世界ランキングとは別)10位の平野が勝ち上がるのは簡単ではない。それは同11位の石川も状況は同じだった。

 そんな2人は互いに「ノースアメリカンオープン」が実質的な決着の場だと覚悟していたようだ。

 石川は「グランドファイナル」で五輪代表入りを確実にした直後、「(ノースアメリカンオープンには)これが最後のチャンスと心に決めて臨んだ」と当時の心境を明かし、平野もまた「今日の試合で負けたことよりも、その前の何大会かで負けたのが大きかったと思います。カナダで負けた時点で気持ちの整理はついていました」と初めて本音を漏らした。

 実際、「グランドファイナル」では、石川が平野と同等かそれ以上の成績を出せば石川の五輪代表入りが確定し、平野が石川の成績を上回れば平野が五輪代表入りを確実にするという、たった1試合の結果が明暗を分ける紙一重の状況だったのだ。結局、2人とも1回戦で敗退し、長く険しい代表争いは石川に軍配が上がることとなった。

 

年明けに発表される団体戦の3人目は?

 

平野には団体戦メンバーの3人目に選ばれる可能性が残されている。彼女の実績と実力から言えばかなり濃厚だ。

 本人も「団体戦の代表には誰が選ばれても仕方がないし、(発表を)待つだけですが、代表に選んでいただけたらしっかり結果を残せるように頑張りたい」と気持ちを切り替えようとしている。

 

最終目標は力を合わせて打倒中国&金メダル!

 

 そして、ロンドン五輪で団体銀メダル、リオ五輪で団体銅メダルを獲得し、2020年東京五輪を自身の集大成と位置づける石川は言う。

「オリンピックの代表選考レースは毎回レベルが上がっていて、自分自身、何回も諦めそうになりましたけど、『何とかもう一日頑張ってみたら?』という周りの支えがあって続けてこられました。本当に苦しいレースだったので、今までで一番成長できていると思います。シングルスに出れなかった人のぶんも頑張らなきゃいけないという責任を今、すごく感じています」

 10代の若い才能が次々と芽吹き、選手層が厚くなっている日本の卓球競技は五輪で勝つよりも国内選考を通る方が難しいといわれる。その狭き門をくぐり抜けた精鋭たちは戦いの舞台をいよいよ来夏の2020年東京五輪へ移す。

 年明け1月6日の代表メンバーの正式発表が済めば、代表争いで火花を散らしたライバルも力を合わせて戦う仲間となる。日本が目指すのは世界最強の中国を倒し、悲願の金メダルを持ち帰ること。彼女たちの本番はここから始まる。

 

(2019/12/17 Number Web掲載)

 

高樹ミナ(たかぎ みな)/ Mina Takagi

スポーツライター ・コメンテーター。2000年シドニー大会から五輪、2008年北京大会からパラリンピックを取材。主に卓球、トライアスロン、車いすテニス、パラ陸上等をカバーする。「2016年東京五輪・パラリンピック招致委員会」在籍。TV、ラジオ、講演等にも出演。手がけた書籍に『転んでも、大丈夫』(臼井二美男著/ポプラ社)、『美宇は、みう。』(平野真理子/健康ジャーナル社)、『卓球メンタル強化メソッド』(平野早矢香/実業之日本社)他。日本スポーツフェアネス推進機構 表彰審議委員会委員。東京フイルム・メート コメンテーター部門所属。