橋本拳人の移籍で思い出すロストフ滞在記

Text 飯塚健司 / Kenji Iizuka

 FC東京の橋本拳人がロシア・プレミアリーグ(1部)のFCロストフに移籍した。ロストフは2018年ロシアW杯ラウンド16の日本代表×ベルギー代表が開催された場所で、この都市名にピンと来る方も多いと思う。

 私自身もロストフという街には強烈な印象が残っている。ベルギー戦の試合内容もさることながら、当日の早朝6時ぐらいに到着した空港1階のほぼど真ん中にFCロストフのクラブショップがあり、まだオープンしていなかったがクラブカラーである黄色と青でデザインされたグッズがきれいに並べられていた。「このクラブは愛されているんだな」と思った記憶がある。

 

 試合はロストフ・アリーナで現地時間21時にキックオフされ、終わったのが23時過ぎ。その後に両チームの記者会見などがあり、メディアセンターに戻ったのが24時30分ごろ。そこから細かな作業をはじめて、とりあえずの役目を終えて「よし、帰ろう」となったのが深夜2時過ぎだった。

 その夜は宿泊予定はなく、そのままロストフ駅に移動し、7時ぐらい発の電車でモスクワに帰る予定だった。なので、メディアセンターからロストフ駅まで歩くことにした。というのは、ちょうどメディアセンターが閉まる時間で、ボランティアの方々が歩いて帰路についており、人の流れについていけば街中、あるいはロストフ駅へと安全に行けたからだ。

 ロストフ・アリーナから街中を抜けて、ロストフ駅へ。試合の余韻に浸かりつつ、その過程でみた光景はいまでも記憶に残っている。スタジアムの遠景、サポーターで賑わうバー、淡いブルーにライトアップされた街並み、三々五々散っていき、徐々にいなくなっていったボランティア。ゆっくりと街並みを撮影しながら、ロストフ駅までだいだい2時間をかけて歩いたと思う。

 とはいえ、最初に着いたと思ったのはひとつ手前の小さな駅で、実際の目的地であるロストフ駅はまだ少し先にあった。新宿駅に行かなければいけないのに、代々木駅をゴールだと思ってしまったのである。この明らかに間違っている日本人を助けてくれたのは、こういうヤツがいるだろうと考えて、しっかりと待機していた婦人警官だった。

「たぶん、あなたの目的地はここではない」

「私はロストフ駅に行きたい」

「案内するから着いてきて」

 お互いに翻訳アプリが入ったスマホを駆使してコミュニケーションを取り、その場の危機を脱することができた。実際のロストフ駅は巨大で、日本、ベルギーの両国サポーターで溢れていた。なぜ、薄暗くて人も少なかった手前の駅で足を止めたのか……。その光景をみながら、自問自答したものである。

 空港到着から駅を出るまで、24時間ちょっとのロストフ滞在だった。その間、実に濃い試合を取材し、いろいろなことを考えながら深夜の街中をゆっくり歩いた。優しい警官のおかげで電車にも乗れて、無事にモスクワへ帰ることができた。「橋本拳人がロストフに移籍」という話を聞いて、真っ先にこうした出来事を思い出した。

サンスポコム 2020年7月28日掲載

飯塚健司(いいづか けんじ)/ Kenji Iizuka

1970年生まれ。編集者を経てフリーランスライターに。サッカーを中心に各種スポーツを取材。現在は「飯塚健司の儲カルチョ」(サンケイスポーツ)、「No Ball、No Life」(サンスポコム)を連載中。「theWORLD」(電子マガジン)の編集ディレクター、「アオアシ 18巻~」(ビッグコミックスピリッツ/小学館)の監修なども務める。