「エディー・ジャパン、ウェールズ戦勝利に見えた成長」 Text 斉藤健仁 / SAITO KENJI

 AJPS報道展「The BEST」ライター会員作品集

歴史は再び塗り替えられた――。
「エディー・ジャパン」ことラグビー日本代表が、2012年秋、アウェーでの欧州勢(ルーマニア・グルジア)打倒の白星に続き、13年6月15日、2年連続ヨーロッパ王者に輝いていた「レッドドラゴンズ」ことウェールズ代表を、対戦13戦目にして初めて打ち破った。

その瞬間、秩父宮ラグビー場に押しかけた2万人を超える観客だけでなく、日本中のラグビーファンが勝利の美酒に酔いしれた。

全英代表(イングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランド)とも言える「ブリティッシュ&アイリッシュライオンズ」がオーストラリア遠征中とあって、主力15人が抜けた今回のウェールズ代表は若手中心だった。それでも全員がプロ選手であり、1989年に日本代表がスコットランドを破ったときとは違い、ウェールズ側もテストマッチ(国同士の真剣勝負)と認めた大一番。当時35歳のベテランLO(ロック)大野均は、「(激しい)練習をやってきた甲斐がありましたね」と、安堵の表情を見せた。

■朝5時半からのウェイトトレーニング

ただ、ジャパンも決して絶好調というわけではなかった。12年の春と秋、フランスのプロクラブチーム選抜(フレンチバーバリアンズ)との試合では4戦全敗を喫し、15年のワールドカップに向けてフィジカル面での脆(もろ)さを露呈。アタッキングラグビーを掲げながら、「身体を大きくするには時間がかかる」(エディー・ジョーンズ ヘッドコーチ)と、指揮官は選手たちに毎日のように朝5時半からのウェイトトレーニングを課した。

また、13年4?5月のアジア5ヵ国対抗で6連覇を達成するものの、続く格上のトンガ代表、そしてフィジー代表との戦いに向けた練習では選手たちの態度に満足できず、ジョーンズHC(ヘッドコーチ)は「自分のコーチングの責任」と述べて途中で練習を打ち切ったことも……。

そして、5月下旬に行なわれたトンガ戦(17対27)とフィジー戦(8対22)に連敗。フィジー戦後、ジョーンズHCが「スクラムもタックルもブレイクダウンも良くなかった」と落胆の表情を浮かべる一方、練習と遠征の重なった選手たちにも、疲れが溜まっていたように見受けられた。

そんな折、世界ランキング上位3ヵ国のニュージーランド、オーストラリア、南アフリカの南半球で行われている世界最高峰のプロリーグ「スーパーラグビー」に、日本人として初めて挑戦中のHO(フッカー)堀江翔太(パナソニック/レベルズ)、SH(スクラムハーフ)田中史朗(パナソニック/ハイランダーズ)が合流。「日本のベストプレイヤー」とジョーンズHCが評するふたりは、日本代表に合流すると、すぐに日本代表の問題点や課題に気づき、自分たちの経験に基づいたアドバイスをしたという。

■日本代表が23対8で歴史的勝利

日本代表のラグビーは、「ボールの継続」が生命線である。フィジー戦やトンガ戦でボールキャリアがプレッシャーを受けていたことに着目した堀江は、「攻撃時のフォワードの立ち位置が狭くなっていたので、それを広くして、アングル(角度)をつけて走り込んだ方がいい」など、多くの助言をしたという。

一方、田中は、「もっとコミュニケーションを取ろう。高校や大学での部活の上下関係は、フィールドの中ではいらない。遠慮することはダメ」と力説。15人で行なうボールゲームにおける、コミュニケーションの大事さを説いた。

そして迎えた6月8日、ウェールズ代表2連戦の1戦目――。パスの基軸となる田中の好判断により、ボールが継続する場面は増えた。結果はトライ数で上回ったものの、相手の攻撃に差し込まれて反則を繰り返し、5PG(ペナルティゴール)を決められて18対22で惜敗した。だが、欧州王者をあと一歩のところまで追い詰めたことで、6月15日の対ウェールズ代表2戦目には、国内のテストマッチ最多の21062人もの観客が押し寄せた(04年の実数発表以降)。

そんな大勢のファンからの声援も後押しとなり、日本代表は序盤、ウェールズの猛攻を耐え、FB(フルバック)の五郎丸歩(ヤマハ発動機)が2度のPGを決めて前半を6対3とリード。後半早々、相手に1トライを許すものの、その後は相手にゴールラインを割らせず、逆にフォワードと田中の素早いボールさばきで連続攻撃を継続。その結果、2トライを奪った日本代表が23対8で歴史的勝利を成し遂げた。

■田中「これからどう変わっていくか、見ていてほしい」

11年、ワールドカップで1勝もできず、その責任を重く受け止めていた田中は、「やっと責任を果たせた」と目を赤くした。「今日の試合は全員の声が聞こえ、前よりコミュニケーションが取れていたので(攻守ともに)プレイしやすかった。また、少しずつ考えてプレイする選手も増えてきたと思う。堀江と僕だけでなく、日本代表は能力のある選手が集まっている」と、19年の自国開催のワールドカップに向けて、チーム全体の成長を実感した瞬間となった。

だが、素直に喜んでいるだけではない。堀江と田中はすぐに平静を取り戻し、先を見据えた。

「まだ、課題はある。毎練習、毎試合、強くなってもっと上を目指したい」(堀江)

「15年、そして19年のワールドカップに向けて、この勝利は大きいけど、これからが始まりという感じ。これからどう変わっていくか、(ファンに)見ていてほしい」(田中)

移動日でも3部練習を敢行するなど、昨年から「世界一の練習量」を真面目に取り組んできたエディー・ジャパン。そこに世界を肌で感じた男たち(堀江&田中)のエッセンスが加わり、さらに成長した姿を世界のラグビーファンに示すことができた。

副将の一人でもある五郎丸が、「奇跡ではなく実力です」と胸を張ったように、今回の勝利はフロックではない。ウェールズ戦の勝利は、今後のジャパンにとって、大きなターニングポイントとなるはずだ。

(初出:web Sportiva 2013年6月16日)