「バイクに乗っても乗らなくても速い! 若き王者マルケスの美しき全力疾走」 Text 遠藤智 / ENDO SATOSHI

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最高峰MotoGPクラスで総合3連覇の期待が寄せられるマルク・マルケスが、またしても痛快なドラマを見せてくれた。

それはおそらく、マルケスでなければ出来ないこと。天衣無縫と言っていい発想と行動力に、ただただ、あ然とさせられた。終わって見れば、拍手喝采の嵐。マルケスはすごいなあと誰もが思ったことだろう。

4月上旬、米国テキサス州のサーキット・オブ・ジ・アメリカズ(COTA)で開催された第2戦アメリカズGPの予選中の出来事である。

最終コーナーを立ち上がってホームストレートに差し掛かったマルケスは、マシンのウォーニングランプが点灯したため、すかさずエンジンを止めて、コンクリートウォールにマシンを立てかけた。

そのとき誰もが、ああ、これでマルケスのPPはなくなったなあと思ったはずである。

しかし次の瞬間、テレビカメラが捉えたのは、コンクリートウォールを乗り越えて、レプソル・ホンダのピットに向けて全力で走り出すマルケスの姿だった。その距離、約200メートル。

その一部始終をテレビカメラが追う。それを見たチームスタッフは、スペアマシンのエンジンを掛けてマルケスの到着を待つ。ピット到着後、そのマシンに跨って飛び出したマルケスは、正真正銘ラストチャンスの最後のアタックでPPタイムを叩きだしてしまったのだ。

■レーシングスーツにヘルメット姿のまま

予選時間は15分。通常は2本の新品タイヤを使い、2回のアタックを行なう。

COTAで2年連続でポール・トゥ・ウインを達成しているマルケスは、フリー走行でトップタイムをマーク。予選セッションの1回目のアタックでも最速ラップをマークしていた。

しかし、1本目のアタックで限界を探った他の選手たちは、2本目のアタックで当然のようにタイムを更新する。

それはマルケスも同じなのだが、その2本目のアタックに入ろうかという周回にトラブルは起きたのだ。

その瞬間をマルケスはこう振り返る。

「エンジンの異常を知らせるウォーニングランプが点灯したのですぐにエンジンを止めた。シーズンで5基しか使えないからね。そのときにボードを見たら7番手までポジションが落ちていた。決勝日の天候が不安定そうだったのでなるべく良いグリッドを獲得しておきたかった。もう1本、もしかしたら間に合うかもしれないと思ったんだ」

そして全力疾走で駆け出すことになるのだが、レーシングスーツにヘルメット姿のまま素晴らしいフォームで駆け抜け、スピードは一度も落ちなかった。バイクに跨ってピットアウトしたときには、予選セッションは残り2分30秒になっていた。

マルケスが全開でアタックしても2分2秒台のコース。アタックをもう一度成立させるためには、セッション終了前にフィニッシュラインを通過しなければならない。

サーキットの観衆と、テレビやインターネットで見ている世界中のレースファンが固唾を呑んで見守る。

果たしてマルケスは終了8秒前にフィニッシュラインを通過。サーキット中で拍手が起こる。そして、ラストチャンスとなったアタックでベストタイムをマークしてフィニッシュラインを通過。PPを獲得したときには大きな歓声が沸き起こった。

■崖っぷちの踏ん張りとチャンスを見逃さない行動力

何もかもが“強運”としか言いようのない出来事だった。

まず、ウォーニングランプが点灯したのがホームストレートでなければ、こんなことは絶対に不可能である。

加えて、残り2分30秒しかないときに、マルケスのスペアマシンに装着されているフロントタイヤは、それまで使っていたハードではなく、温まりやすいミディアムだったこと。タイヤに厳しいCOTAでは、よっぽど気温が下がらなければ、予選でも決勝でもミディアムを使うことはないのだが、コースインした周回にペースを上げるには、ミディアムの方が良かったからだ。

強運といってしまえばそれまでだが、崖っぷちの踏ん張りとチャンスを見逃さないマルケスの行動力には脱帽するばかりである。

マルケスは開幕戦カタールGPでコースアウトを喫し、不運とも言える5位に終わった。だがその流れにも早々に終止符を打った。

マルケス自身も「良い風が吹き始めたように感じた」と、その瞬間を振り返った。

PPを獲得したマルケスは、ピットに戻ってくるとスタッフたちに「バイクに乗って速いだけじゃなくて、走っても速いでしょ」と語ったという。

記者会見でも、「全力で走って疲れませんでしたか? よくあの状態でバイクに乗ってアタックできましたね」という質問に、「いつもトレーニングしているからなんでもないことだよ」と答えていた。

■青空が広がった時点で勝ったも同然

マルケスのレースはいつも派手だ。

最後尾スタート、もしくは最後尾まで落ちて優勝したレースは、これまで3回。史上最年少記録やグランプリ新記録を次々に樹立するだけでなく、肘擦り走法というブームも作った。

スーパースターの条件とは周囲の期待に応えることだが、マルケスはそれ以上、想定外の“走り”まで見せてくれるのだ。

決勝日は、いまにも雨が降りそうな不安定な天候だった。しかし、MotoGPクラスのスタート前に、突然、青空が広がった。「唯一の不安要素は雨」というマルケスにとって、この時点で勝ったも同然だった。

アメリカズGPの開催されるCOTAは、シーズンを通してもっとも難しいサーキットだと言われる。

そのコースで3連覇を達成したマルケス。若きチャンピオンの時代は、当分、続くだろうと思わせる勝利だった。

(初出:Number Web 2015年4月19日)