「観客席のなかの子供たちへ」Text 岩崎龍一 / IWASAKI RYUICH

AJPS報道展「The BEST」ライター会員作品集

美しくはあるが、寂しささえ覚える巨大建造物。数時間前までは無機質だったその空間に、生命の息吹が注ぎ込まれていく。しばしの間を置き周囲を見渡せば、そこは人々の期待がはち切れんばかりに満ちた劇場だったことに気づかされる。 8万人を超える観衆を飲み込んだシュタディオン。スタンドに詰めかけたその一人ひとりが、多くの夢を持ってこの場に足を運んだ。日常の悲哀を忘れるために集まった大人たち。そして、子供たちは未来の自分を、ピッチに散らばる22人のユニフォームの影に重ね合わせる。 気高い。それでいて、同時に残酷さも持ち合わせたトップアスリートの世界。日々の消耗は、確実に彼らから幼い頃は普遍だったスポーツの楽しみを削ぎ落していく。観る側から、観られる側に回ったと同時につきまとうプレッシャー。選手からプレーそのもので得られる心からの笑顔が薄れていく場面を、たびたび目にすることがある。 フットボールを職業として、スポーツを飯を食うための生活の基盤として、トレーニングと試合の狭間で生きる一握りのトップアスリート。そんな彼らに思い出して欲しい。 「かつては君も、観客席にいるあの8万人のなかの一人だった」 ということを。 少年時代、夢を与えてくれた存在があったからこそ、現在の君がいるのだ。 父親に手を引かれて試合を観戦に来た、幼い頃の君の目には、何が映ったのか。君はどのような感情を抱いたのか。そして家に帰ったベッドのなかで、おそらく君はピッチを走る選手たちに、将来の自分の姿をダブらせたはずだ。 プロとなった現在、大観衆で埋まったその光景は、君にとって日常の一コマでしかないのかもしれない。でも忘れてほしくないのは、この劇場空間は観客がいるからこそ成り立ち、君は光り輝けるのだ。 8万人には8万通りの期待がある。スタンドには、かつての君のように、君のプレーに触発され自分の将来像のイメージを膨らませる少年もいる。その子供たちに夢を与えるためにも、再び幼かった頃の心を取り戻そう。 スポーツはプレーできることそのものが、喜びだということを――。