「ツール・ド・フランスを21年連続で完走しました」

Text 山口和幸 / Kazuyuki Yamaguchi

ツール・ド・フランスの全日程を単独で取材し始めたのは1997年だ。その前にも5回ほどスポット取材しているが、過酷なレースで生き残った選手がパリに到着する気持ちを共有するために全日程を取材することにこだわりがある。取材記者としてではあるが21年連続の完走を果たしたいま、これまでになく感慨深いものが胸をよぎる。

Tour de France 2017 – 01/07/2017 – Etape 1 – Düsseldorf / Düsseldorf (14km CLM) – Allemagne

欧州は伝統を重んじるので変わらない部分は多いのだが、21年前となにが変わったかというと情報配信環境だ。1997年はインターネットのeメールがようやく普及してきた時代で、現地から連日メールで原稿を配信することに不安があった。万一のためにパルス通信のカプラーと、それでも送れないときは印刷してFAX送信しようとプリンターまで持って現地入りした。

当時の通信環境と言えば、パソコンを電話センターまで持ち込んで、指定された番号のイスに座ってモジュラージャックをつなぎ、ダイアルアップでアクセスした。最終日はその電話料金を精算したという記憶がある。

現在はサルドプレスと呼ばれるプレスセンターにWi-Fiが飛び、着席したところでネット配信ができる。契約料は全日程で8万円と割高だが、2017年からデバイス2つまで使えるようになったので、スマホとパソコンを同時につないで写真を共有できるなど機動性が高まったのがうれしい。

思い返せば20年前、日本人カメラマンは何人かいたけれど記者はボクだけで、ヘタをすると1週間ほど日本語でコミュニケーションする機会がなかった。街道筋の古ホテルに飛び込みで部屋を確保し、心が震えるほどさみしい夜を過ごしたこともある。現在はSNSのおかげで現場の窮地をツイートすれば、瞬時に「頑張れ!」と応援してくれるフォロワーさんの存在がある。ありがたい時代になったものだ。

ボクの仕事場であるサルドプレスの顔ぶれも一新した。取材陣は2000人を数えるが、ボクよりもキャリアのある記者はもう数えるほどしかいない。かつてはタイプライターで原稿を打っていた人、電話をかけて口述筆記していた人なども。いまやネット配信を巧みに操る若者たちが主流である。

ツール・ド・フランスを追う仕事はそれがそのままフランス一周の旅ともなるので、取材陣もそれなりに楽しいのだが、いつまで続くか分からない。移動の連続で体力的にハードなので健康面から現場を離れる人もいる。あるいは宿泊代やガソリン代など相当のコストがかかる仕事だけに原稿料と経費とのバランスから断念する人もいるはずだ。

Tour de France 2017 – 23/07/2017 – Etape 21 – Montgeron / Paris Champs-Elysées (103 km) – France – Christopher FROOME (TEAM SKY)

ボクもひとまずはツール・ド・フランス取材を終え、まずは一段落なのだが、2018年にこの場所に再びやってこられるとも限らない。11カ月間をかけて体力を調整していかなくちゃだし、日々の業務を全うして取材依頼をいただかなくてはこの地にたどり着けない。2017ツール・ド・フランスは7月23日にパリ・シャンゼリゼにゴールしたけれど、2018年の準備は翌日から始まっているはずだ。

日本にいてボクの原稿を受けて報道の形にしてくれた人、SNSで応援してくれたりさまざまな現地からの書き込みをリツイートしてくれた人、そして1カ月も自宅を離れることを許してくれる家族などすべての人の気持ちがあって、2017年もパリに到着できたことに改めて感謝。

第105回ツール・ド・フランスは2018年、そのころ開催されているサッカーW杯ロシア大会との日程重複を最小限にとどめるため、通常よりも1週間遅い7月7日にフランス西部のノワールムーティエで開幕する。

(2017年7月24日にサイクルスタイルに掲載したものをコラム用に一部修正)


山口和幸(やまぐち・かずゆき) ツール・ド・フランス取材歴25年のスポーツジャーナリスト。日本国内で行われる自転車の国際大会では広報を歴任。著書に『シマノ~世界を制した自転車パーツ~堺の町工場が世界標準となるまで』(光文社)。講談社現代新書『ツール・ド・フランス』。青山学院大学文学部フランス文学科卒。

写真提供上から ASO/Alex BROADWAY、 ASO/Pauline BALLET、 ASO/Alex BROADWAY、 ASO/Bruno BADE