もう1人の日本代表 W杯史上初の女性審判・山下良美

Text 増島みどり / Midori Masujima

 

 サッカーのW杯カタール大会(11月21日開幕)に、日本代表と共に「もう1人の日本代表」が出場する。この歴史的な快挙を担う強くてしなやかな女性に是非とも注目して頂きたい。

 

 FIFA(国際サッカー連盟)はこのほど、W杯(全64試合)の主審36人に、1930年に始まりカタールで22回目のW杯の歴史上初めて女性主審3人を加えると発表。

 サッカー界だけではなく、世界的にも大きなインパクトを持つ3人の1人に、山下良美(36)が入った。女子W杯、Jリーグやアジアの主要大会でも主審としてキャリアを積んで来たパイオニアで、山下と共にフランス、アフリカのルワンダから女性主審が選ばれている。

 

 スポーツイベントとしても最高峰、世界中が注視する満員のピッチで、女性がジャッジをする姿を思い浮かべるだけでも興奮する。ましてその1人が日本女性とは、日本代表が狙うベスト8入りと同じくらい胸が躍るニュースだ。

 

 「日が経つにつれて責任の大きさを感じますがネガティブな方向ではなく、それほどの責任を担える喜びを味わっています」

 

 6月末、遠征から帰国した山下ははつらつとした様子で笑顔を見せた。幼稚園で兄を追ってサッカーを始め、女子サッカー部がなかった中高はバスケットボール部に。大学で再びサッカーを始め、少しずつ審判の道に進むようになった。国際審判に登録されるには、体力でも男性と同じテストに合格しなければならない。今では「素晴らしいスピードと芯の強さが彼女の最大の魅力で持ち味」(日本サッカー協会・扇谷健司審判委員長)と言われるほど、アスリートと同等の厳しいトレーニングを日課として、ジャッジを磨き続ける。

 

 審判の仕事道具は「3種の神器」では足りない。反則に出すカード、コイントスのコイン、時計、小さな手帳。しかしホイッスルは、道具と呼ぶより分身に近いだろう。

 

 山下が愛用する笛はモルテン(広島本社)の「バルキーン」で、万が一に備えて必ず2つ持参するそうだ。バルキーンとは、オランダ語の「バルク」(ハヤブサ)と英語の「キーン」(鋭い)の造語で「鋭いハヤブサ」となる。ハヤブサは視力やスピードに優れた鳥なので、彼女のスピードとき然としたレフェリングにもよく似合う。

 

 FIFAは今回、副審にも女性3人を加えた。

 

 「重要なのは質であって性別ではない。彼女たちはそれを示す存在だ」と、主審、副審6人の先駆者に信頼を寄せる。山下は男女の試合での違いについて「人やボールのスピードではなく、ゲーム展開の速さが違う」と言う。

 

 日本代表が18年ロシアW杯で強豪・ベルギーに敗れた試合では、試合最後のプレーで繰り出されたベルギーの超速攻に、日本選手は追い付けず、力尽きた。「ああいう試合でも恐れないのですね?」と聞くと、自信に満ちた表情で言い切った。

 

 「もちろんです。どんな試合でも自分が笛を吹くまで全力で担当する。それが審判ですから」

 

 W杯で、どの試合を吹くかは大会直前に決まる。彼女が、鋭いハヤブサと一緒にピッチで世界に響かせるホイッスルの音を、早く聞きたい。

 

 (釧路新聞コラム「スポーツライター増島みどりのほーっとスポーツ」2022年7月4日付けより)

 

増島みどり(ますじま みどり)/ Midori Masujima

1961年生まれ。学習院大卒。84年、日刊スポーツ新聞に入社、アマチュアスポーツ、プロ野球・巨人、サッカーなどを担当し、97年からフリー。88年のソウルを皮切りに夏季、冬季の五輪やサッカーW杯、各競技の世界選手権を現地で取材。98年W杯フランス大会に出場した代表選手のインタビューをまとめた『6月の軌跡』(ミズノスポーツライター賞)、中田英寿のドキュメント『In his Times』、近著『日本代表を生きる』など著作多数。